2008年6月19日 (木)

ようこそ川越へ!

 友人の高校時代の同級生が本を書いて、それが映画になるというので紹介してきたのがこののぼうの城」(和田竜著)。そのすぐあとに、いつもチェックしているジョナサン・ケイナーの占いサイトのお薦め図書コーナーでもこの本が紹介さていれた。これはご縁と、いつものように啓示を感じて読むことに。
 現在の埼玉県行田市に位置した小さなお城、忍城に攻め込む石田三成軍数万の大軍を、数千の成田軍が迎え撃ち、撃退する痛快ストーリー。この忍城の城代、でくのぼうの「のぼう様」こと成田長親の人物描写を通して、人心を集める人間の魅力とはなにかを描き出す。
 この小説の冒頭に「河越夜襲」のことがちらっと出てくる。
 私は埼玉県川越市に住まうこと20年。祖母が住んでいたころから知っているのでほぼ30年川越をみている。川越は関東近県ではちょっとした観光地で、春秋の休みともなると駅には中高年の観光客がけっこうたくさん見受けられる。住民の私から言わせると川越は観光地というよりは都会。川越は都会だよ~スタバが三軒もあるし、エクセルシオールカフェもあるし、タリーズカフェもできたし(コーヒーショップの出店量で都会度を測る私)。ユニクロもあるし。とにかく川越にないものはないってくらい都会。全てが川越で済む。
 観光地にあたる部分は少し駅から離れている。観光用のシャトルバスも駅から出ているけど、基本的には歩いて喜多院なり川越城本丸御殿を目指すのをお薦めする。ゆっくり歩いても20分くらいで着くし、土地勘がつかめる。坂がないのが長所なので、高齢者でもいける。喜多院や本丸御殿、時の鐘、菓子屋横丁を見てまわるくらいなら、休み休みでも三時間もみれば十分。けっこうあっという間に終わる。変に期待しないで来て欲しい歴史の町川越。それなら大して疲れないし、適度に歴史を感じて満足できるステキな観光スポット川越。川越がテレビに映るとき時の鐘がよく出るけど、あれはそばにいくと建物が邪魔で地上から見えないところがステキ。蔵作りの町並みも観光スポットとされているけど、交通量の多い車道の両脇に立ち並ぶので風情にいまひとつ欠けるのもステキ。あとはここはオススメっていう食事どころがないのも特長。食べるところ自体はたくさんあるけど。チェーン店とか。私が知らないだけかしら。川越はサツマイモで有名なのですが、「九里(栗)四里うまい十三里半」というのはサツマイモのことを指していて、江戸~川越間が十三里半あることをいったもの。というわけで銘菓芋ようかん。たまに食べると私はおいしいと思いますが、川越出身の母が「いもようかん~?」という台詞はテンションが下がったことをアピる口調で常に発せられます。戦後間もない子供のころ、相当量のサツマイモを食べた様子。菓子屋横丁には直径10センチ、長さ1メートル以上と思われるドでかい「ふ菓子」が売っていて、おみやげにか買っていく人をよくみかけますが、本当に全部食べられるのかかなり疑問。川越初詣のメッカ、喜多院には江戸城から移築した「徳川三代将軍家光公ご生誕の間」というのがあります。春と秋の観光シーズンには「宝物展」というのが行われて、普段あの狭さで400円とる拝観料が1000円まで跳ね上がるぼったくりぶり。しかも宝物展は廊下とか普通の日本間の畳の上に直に徳川家ゆかりの品々を並べて置くので、虫干しをやってるようにしか見えない。とにかく徳川家ゆかりの食器他の品々は、ルイ・ビトンもびっくりというくらい葵の紋がマルチに展開されています。籠やお姫様の打ちかけも虫干し、じゃなくて展示されるのですが、当時のひとがいかに小柄だったかがしのばれて面白いです。喜多院の庭は小堀遠州流枯山水式庭園なのですが、徳川家ゆかりの小堀遠州設計ということではもちろんなく、今の状態になったのは昭和に入ってからのごく最近。うちの母と一緒に行ったとき、
「お母さんが小さい頃は雑草がぼうぼうに生えていて、こんなに整備されていなかった」
 と他の観光客がいるそばでリアルコメント。
 と、随分話がそれましたが「河越夜襲」。北条氏の拠点のひとつだった川越城に足利幕府軍八万が攻め込んできて、やはり数千の北条軍で蹴散らしたというエピソードが河越夜襲。この本には出ていないけど、河越夜襲のとき大軍が攻め込んできたのを、「霧吹きの井戸」という井戸から大量の霧が出て、平城(天守閣がない一階建て)である川越城を隠し、敵軍から城を守ったというエピソードがある。この「霧吹きの井戸」が本丸御殿から少し歩いたところにあるのだけど、「ええっ? これが?」というようなちっさい井戸が風情もなく放置されているだけ。皇居に行ったとき、「松の廊下あと」と表示の棒が土に刺さっているのをみたときと同じくらいのインパクトが。ちなみに川越城はその昔広大な湿地帯に位置していて、霧で城が隠れたというのもありえない話ではなかったよう。ちっこい井戸から霧が出て城を隠したのはウソでも、それを支える現実はあったようです。こういう伝説って、あながち根拠のないものではないことが多い。本丸御殿には「霧吹きの井戸」など川越に伝わる伝説が表示されているのですが、このほかには、増水で悩まされていたこの地区を救うため、大田道灌の娘が人柱として川に身投げしたら水害が治まったとか、あまり気持ちのよくないエピソードの数々が。霧吹きの井戸くらいですね、読んでて楽しいのは。というわけで川越城は別名「霧隠れ城」ともいいます。
 というわけで冒頭から随分話題がそれましたが、この「のぼうの城」、魅力あるキャラクターが簡潔な文章で描き出され、その人間造詣も浅くなく、私の嫌いな日本的ベタベタ感もない。爽快エンターテイメント。お薦めします。

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2006年10月23日 (月)

西沢渓谷に紅葉狩り

 秋の行楽シーズということで、ありがたくお誘いを受けました。10月21日土曜日。誘われないとこんなの行く機会ないもんね、私。毛妹とその彼氏など計8名で山梨県西沢渓谷に日帰り紅葉狩り。
http://www.city.yamanashi.yamanashi.jp/kanko/seeing/29.html
Pa220010  8時に橋本駅集合。車二台で。埼玉県民カワカミは5時起き。道路もそれほど込まず12時頃道の駅「みとみ」に着。渓谷ガイドマップをもらって、セルフサービスのレストランへ。「いのぶたラーメン」500円を食べる。施設はきれいだけど、ラーメンにいのぶた感は特になく。めんが茹ですぎ。スープは普通に美味しい。おばちゃん、もうちょっと早く麺をゆでるのを止めよう!  ここの販売機でペットボトルを買っていくべきでした。そんな基本的なことを忘れて、私は途中友達から恵んでもらうハメに。Pa220001_1
 天気もよく、12時半ごろから道の駅にそのまま車を置いて西沢渓谷へ。駐車料は無料。15分ほど?歩いてから渓谷入り口に。進むにつれ、汗をかきつつも渓谷のひんやりした空気が身体にゆきわたっていく。「下界」のそれとは清涼感が全然違う。特に癒されたいと思わない私が癒され、浄化されていく感じが。他の観光客も適度にいて、混雑というほどでもなく。軽装のひとからわりにきちんとした山の服装のひとまでいたけど、スニーカー等の歩きやすい靴と歩きやすいパンツ等であればそれほど重装備でなくてもOK。
Pa220008紅葉は山の下のほうから想像するのとは違って、渓谷付近ではわりに進んでいてなかなかの見ごたえ。往路は一人でしか歩けない歩道もかなりあって、アップダウンもそれなりに。ハイキング愛好家(つまり登山以前)の私のようなひとには、そこまでキツくもなくうってつけの素敵なコース。ところどころの岩場でお弁当を食べているひともいて、それもなかなかナイスな選択です。
Pa220004_1  最大の見せ場である「七ツ釜五段の滝」まで来ると、入り口からはかなり下っていることになり、ここから復路(冬季通行止め)のスタート地点まで一気に上がることに。ここが一番きついです。私はこういうときペースダウンすると却って疲れを感じるタイプなので、先頭を切ってさっさと。運動不足の女子二人の「まだある~まだある~」の声が下から何度も聞こえてくる。
 復路のスタート地点まで上がって、少し休憩。あっというまに元気になる女子二人。その程度のキツさです。帰りはゆっくりと下っていくなだらかで広いコース。旧軌道らしい。往路のように滝を何箇所もみたりする見所はないけれど、同行者とおしゃべりをしながらダラダラ歩くにはぴったり。ガイドマップに約四時間とあるけれど、これはそれなりに休憩をとりつつ、立ち止まって滝を眺めたり写真を撮ったりする時間も含めてのかなり余裕をみた時間です。
Pa220011 帰りに渓谷でかいた汗と、山の冷気で冷えた身体を温めるべく「ほったらかし温泉」に車で移動。小高い丘のてっぺんにあって、「日本新三大夜景のひとつ」と看板が。他の二つはどこで、誰が決めたのか知りたい。本家三大夜景はどこ? しかし言うだけのことあって、なかなかの夜景をみながらぬるい露天風呂に入れます。内湯はも少し高温で、暖まります。入るのに困るほどではないけれどけっこう賑わっていた。脱衣所はごった返しているといっていいくらい。ロッカーも足りないくらいだけど、実は露天風呂のほうにもロッカーがあって、見落とされがちでした。洗面所も含めて狭いしイマイチキレイとはいえないけど、耐え難いほどではないです。http://www.hottarakashi.com/
 「あっちの湯」と「こっちの湯」の二箇所に別れていて、このネーミングが混乱するのが、
「あっちの湯」にいるときに、
『こっちとあっち、どっちが広いの?』
『こっちって? こっちの湯?』
『ううん、えーと、いま”あっち”にいるから”あっち”がこっち』
 というような混乱トークを何度か聞いた。
Pa220016_2 というわけで、景色がよく、お風呂もなかなか広くてお薦めの「ほったらかし温泉」だけど、上記サイトにもあるようにカーナビが間違って表示されるようで、しかも間違ってそうとう行ってからUターン支持の看板が出るという不親切さ。どうしてもっと前に「こっちです。カーナビ間違ってます」の表示がないのかかなり謎。フルーツ園に入って、フジヤホテルを抜けた山頂にあります。最後のミニ写真は「毛姉妹」。

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2006年3月26日 (日)

東洋のベネチア

 私は国内旅行はひとよりしてないけど、海外旅行はひとよりしている気がする。滞在したことのある都市はロンドン、パリ(二回)、ニューヨーク、ローマ(二回)、フィレンツェ、ヴェネチア、バンコク、上海、メキシコシティー、カイロ、アテネ、ニューデリー、アーグラ、ヴァナラシ。このようにリゾート海外旅行をしたことが一度もなく、新婚旅行でぜひ行ってみたいというのが長年の(コワ!)夢なのです。もう旧所名跡文化遺跡飽きてきた。
 上海に行ったときは車で二時間だったか、世界遺産であり「東洋のヴェネチア」こと蘇州へ行ってきました。 私はその前年にイタリアに一人で行って、ヴェネチアにも行ったけど、ヴェネチアはやはり一度訪れる価値のある都市だと思う。あれがすべて干潟に杭を打ちこんで作られた人工の都市かと思うと圧倒される。潟と潟は石でできた無数の太鼓橋でつながれ、道は路地ばかりで狭く、車が走れる道路は一本もない。自転車ですら走りづらい細い道と階段状の太鼓橋。長距離移動はすべてボートなどの水上交通で行われる。世界中探しても、ヴェネチアに似た都市はないと思う。でも長期に渡り過ごせる場所かというとそうでもなく、狭いこともあるので、特に思い入れがなければ丸一日あればOKだと思います。ヴェネチアのホテルは基本ぼったくりなので、本土メストレにあるホテルから電車で行ったほうがいいような気も。
 それじゃ東洋のヴェネチアこと蘇州はどうかというと、看板に偽りアリ。確かに水路は多いけどそれだけ。海に浮かぶ人工都市ヴェネチアとは似て非なる内陸の町。車道は整備されてびゅんびゅん走ってるし。それより印象的なのは、十年に渡り高度成長を遂げる中国有数の大都市上海から数時間であら寂れたこと。上海こそが中国における局所的例外で、蘇州こそ大部分の中国なのだと思い出させてくれるうらびれた風情。「見もの」であるはずの庭園もさすが中国人、あまり整備していないのでなんか汚らしい。あれが整備されてたらけっこうきれいなはずなのに。しかし庭って国民性を反映させる。蘇州の庭園は中が細かく区切られていて、その箇所箇所で風景があるように作られている(でも整備されてなくて草ぼーぼー)。ただでさえ国土が広いので、「広い庭」には興味ないみたい。庭が欲しいと思うのは世界共通だけど、どんな庭にするかで民族性が出る。面白い。
 というわけで以来「××の○○」という看板は絶対本家と似て非なるものに違いないと疑心暗鬼に。「韓国のハワイ」こと済州島も絶対ハワイとは違うと思う。ハワイも韓国も行ったことないけれど。ちなみに「チャングムの誓い」では済州島は流刑の地。もちろん波乱万丈のチャングム自身が流され、そこで第二の人生の芽を掴む。順境に毒が潜み、逆境にこそ次の幸せの芽があると、「チャングム」はオジサマが喜びそうな展開満載なのだ。

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2006年2月 6日 (月)

イタリア三都一人旅

 苦行「ローマ人の物語」読破とイタリア美術番組を二年かけて見まくった私は、31歳の夏、一人で一週間かけてローマ・フィレンツェ・ベネチアを旅行した。ローマは「ローマ人」だし、フィレンツェは「わが友、マキアヴェッリ」の舞台。ヴェネチアは「海の都の物語」。塩野七生ツアー。
 その前の年に友人と北インドを旅行した。友人はアジア放浪の最中で、私の夏休みに合わせてニューデリーで落ち合った。現地集合現地解散。会ったとき友人は「人間地球の歩き方」化していてたくましい限り。そんな彼女と「異国度№1」インドを旅して、いわゆる先進国、西欧文化圏を旅行するのは国内旅行に似たりの結論に達していた。ひとを誘うのも面倒だったし、行きたいところが決まっていたのであまり人を誘えるプランではなかった。
 ローマは先日も書いたとおり二度目。サンピエトロ大聖堂の威容は二度目になっても感動が薄れない。壮麗にして荘厳。地球上最高の天才と豪奢の融合。私が訪れた建物選手権の一位はバチカンで、二位がタージ・マハルは不動。ちなみに一度行ったら二度はいい、世界の有名建築物にすぐ挙げられるのはヴェルサイユ宮殿。最初大学時代ヨーロッパ周遊でパリを訪れたとき、友人の一人はパリが二度目だった。ヴェルサイユは行ったことがあるからいいと言って、一人でルーブルに行っていた。残り三人でパリ郊外のヴェルサイユに行ったが納得。豪華だけど悪趣味というか、味わいがないというか。鏡の間とか、どーなのあれ? そんなにいいかい? 庭はだだっぴろく整然としているだけだし。というわけで、33歳の夏はひとりでパリに一週間いたのですが、ヴェルサイユには行きませんでした。
 イタリア旅行では主に美術館を見てまわった。他に行くところないしね。ヴァチカン博物館では一度目に見逃したラファエロの間で「アテナイの学堂」を、一度目に行ったときは修復中だったシスティナ礼拝堂もみた。どっちも図録で本物はどうだろうと予想していたときのほうが心躍った。期待が大きすぎたか。サンピエトロ大聖堂は二度目でもさらに感動したのに。フィレンツェではもちろんウフィッツィ美術館へ。教科書とかでみたことある絵が所狭しと並んでいる。ヴェネチアではアカデミア美術館サンロッコ修道会へ。
 と、世界の至宝とでもいうべき名画の数々を見てまわったのだけど、やっぱり何がありがたいんだかよくわからない絵って多い。ラファエロやミケランジェロの絵に感動するのは簡単だ。わかりやすい。ところがルネッサンス初期のジョットの聖母子像なんて、どこがいいんだい? ベロンとしていて、聖母子も薄気味悪い。それがありがたそうに飾られている。美術番組なんかみると、格調高い音楽とともに賞賛される。素朴とか何とか。筆致がすばらしいとか何とか。いまいちぴんとこない絶賛調。共感できないのは感覚が鈍ってる証拠なのかと自信がなくなる。
 というわけで、いったい何がありがたいのか知るために、帰国してからイタリア美術の講座に通うことにした。

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2006年1月 2日 (月)

初詣 凶がいっぱい浅草寺

_003  去年同様、彼と一緒に浅草寺に初詣。去年は二日に行ったのだけど、今年は元日に。去年同様警察の整備はあるものの、今回ほうが明らかにすいている。並んでいる最中、ものの貸し借りについてかなりいやな雰囲気になった。新年早々お別れ、ここは縁切り寺かと本気で思う。どうせ近々電車賃すら彼はなくなるだろう、会わなくなるのは時間の問題だけど、それにしても丸々三年つきあったひととキッパリ別れるのはつらいものだなどと思う。
 浅草寺は聞くところによるとおみくじの三分の一が凶というすごいところである。靖国神社なんて、「吉=good」などと書かれた外国人観光客向けの英文解説をみると凶の解説がなく、凶がないことを宣言している。
 初めて浅草寺に初詣に行ったのは高校のとき。女四人で行って、全員で凶を引く快挙をなしとげた。すっかりビビッてしまい、以後引けず。大学のとき一人で浅草寺をぶらぶらしていたらカップルが二人で凶を引いているのを見た。思わず、
「ここは凶が多いから、気にすることはありません」と声をかけそうになった。
 おみくじは引いたとたんに縛って置いていく人が追いけれど、吉凶にかかわらず、内容が気に入ったらお守り代わりに持って帰って、もちあるいていいらしい。敷地内の木に縛ったりするのはマナー違反で、内容が気に入らなければ、寺社の指定場所に縛って「厄を落としていく」ものとのこと。
 この日はいやな雰囲気のまま浅草寺を後にして喫茶店に。そこで彼が謝りはしないが折れて仲直り。

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