2006年3月 2日 (木)

メダカ飼育20年

 ゆきづりの関係がダラダラと20年。
 最初の記憶は小学校六年生のとき。夏休みに妹たちがみていた「ひらけ!ポンキッキ」でメダカの繁殖について放送していた。うちにはその夏、母がどこからかもらってきたメダカが二匹、小さな水槽にいて、オヤ、うちはどうだろうと見に行ったら卵を通り越してもう生まれていた。ゴミのようなメダカの子供が数匹、繊毛運動をしていた。二匹はオスとメスだったのだ。それから毎日大繁殖。50匹以上いるのでは、というくらい稚魚が日々増えていった。いかにも手狭になったので、洗面器に移し替えて、細かい子供たちが元気に泳ぐさまをみていた。
 そんなあるとき、家に帰ったら子供が激減していた。聞けば隣の家の二歳くらいの子供が、洗面器を蹴ってぶちまけたらしい。昔ツービートのギャグで「メダカブス」なんてのがあったけど、その子供なのでさらにすくいようがない。お詫びはチョコレート一袋。あのときは隣家に深い憎悪を覚え、その後数年はあの子供は許さないと思っていた。
 このようにメダカは簡単に繁殖する。それでもずっと飼っていると増えにくくなる。まず成魚が卵を食べてしまう。産卵にかかわったメダカはたべないけど、関係ないのが食べてしまうらしい。そこで翌年から卵を別にすることに。しかしメスが卵を水草などに産み付けてからオスが精子をかけるので、どれが受精済みの卵かはわからない。週一ペースで水草から卵を取って、別の水槽に入れる。受精している卵は比較的固めで、やがて目がわかるようになる。受精していない卵はふやけて白濁してくる。
 同族繁殖も続くとまた生殖能力が衰える。産む卵の数も減れば、奇形も生まれるので、新たに買ってきて交配しなくてはいけない。奇形のパターンとしては、背骨がゆがんでいたり、波打っていたりするけど、これはこれで元気に泳いでいたりする。一度「尾腐れ病」というのが発生したことがある。そのときは数匹のメダカの身体が溶けてきた。内臓をやられないうちは、身体が半分溶けても生きていた。そのほうが奇形よりずっとホラーな光景だった。あの画づらがショックで数日ヘコんでしまった。発症しているメダカは隔離して、水槽に薬を散布して蔓延を防いだ。
 そろそろ春めいてきて、彼らの食欲もUPするので水槽を洗ったり卵の世話をしなくてはいけない。いくら世話したところでなつくわけでなし。忘恩の輩。メダカを飼っている喜びというのはあまり感じられない。かといって生き物なので放っておいて見殺しにするわけにもいかず。エサをやると繁殖するし。
 喜びはないけど、メダカの飼いやすい点は、水温管理などがほとんど必要なく丈夫なことと、死んでも死体が小さくて処理しやすいこと。うちの庭とは言いがたい土スペースには無数のメダカの遺体が文字通り土に還って行きました。
 ひとつのことを継続して行うというのは、人生においてとても価値のあることだと私は思うのですが、メダカの飼育ばかりは自分で意義がわかりません。わからないと思いながら20年。

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