本「やどかりとペットボトル」池上永一著
※池上永一著「テンペスト」のネタバレを多分に含みます。注意!
エンタテイメント小説「テンペスト」が売れている著書のエッセイ集。これは面白いです。特に前半にいいのが多出します。個人的にはこういう文章こそ傑作だと思ってしまう。物事に対する文章のスタンスがまさに私の理想とするところ。美しく、可笑しい。
関東ローカルのテレビ番組、「王様のブランチ」の読書コーナーで「テンペスト」が特集を組まれていた。韓流ドラマ「チャングムの誓い」ばりの内容と紹介されていて、「チャングム」ファンの私としては要チェック。ネットでの評判もかなりいい。分厚い本が上下巻、しかも見開き上下段組になっているのにもめげず買うことに。でも「テンペスト」ってタイトルつける感覚はどうなんだろう。「テンペスト」といえばシェイクスピア。そういう世界的に有名な作品と同じタイトルつける感覚ってどうなんだろう。渡辺センセーの「失楽園」とかさ。
読んでみると、とりあえず読みやすい。文章もすっきり。幕末の琉球王国を舞台に、才気溢れる美女が宦官となって王宮で大活躍。外国語も駆使して世界の列強や清国、薩摩藩と渡り合う。ジェットコースター展開で次から次へといろんなことが起こる。著者は相当な知識教養の持ち主で、当時の列強世界と、日本、琉球の位置づけをわかりやすく浮かび上がらせる。でも「チャングム」と比べるのはどうだろう。同じジェットコースター展開でも、「チャングム」では登場人物と喜怒哀楽をともにできたのに対し、テンペストはただ展開を劇的にするためだけに、安易にいろんなことが起こる気がしてならなかった。小説の中で起こる出来事に揺さぶられることが薄い。そういう意味では私には平坦な内容にも思えた。いろいろあって、主人公は夜は側室、昼は宦官という二重生活を送ることになるんだけど、両方に会ってるひとが同一人物と誰も気づかないもの興ざめ。んなバカな。猛烈な美貌で目立つ人にそれはない。推薦文に「ベルばら琉球版」ってのがあったけど、「ベルばら」はオスカルが女なの、まわりも知ってるもん。「ルンルンだった」とか、いつの時代の言葉だい? って思うような文章もたまにあるし。でも一昔前にやたら段落を変えてページ数を増やすような小説が多く出たけど、あれ少なくなった気がするな。いいことだ。てか、あれをやってた作家とか編集者の良識疑うけど。
とにかく、もともと本を読むスピードが遅い私が例によってペースダウン。やっとの思いで上巻を読み終わって、妹に貸した。ところが妹はえらい勢いで読み出した。あっというまに上巻を半分経過。彼女は「ハリーポッター」を自分で買って全巻読んだが、私は二巻の途中で挫折した。妹は「宮本武蔵」「竜馬が行く」といったような、ああいう長い娯楽小説を繰り返し読んだりして、こういうエンタテイメントものは得意らしい。妹に急かされて、慌てて下巻を読み進める姉。
んで読んでて気づいのだけど、これは別に「チャングムの誓い」琉球版ではないんである。当たり前だけど。そのジェットコースター展開が、琉球という独特の文化の濃厚さの中で展開される。著者は沖縄出身で、大学は東京だけど、現在も沖縄在住。著者と同い年の私だけど、沖縄が返還されたのは意外と最近(1972年)で、琉球王国なんてあったらしいねえ、くらいの認識しかなかった。しかしこの本を読むと、琉球王国が独特の高い文化と美意識をもった、立派な「外国」だというのがわかる。琉球の美しさ、独自性、独立性を「日本」の人間に伝えてやる、というのがこの本の目的なんじゃないかとすら思えてきた。それでも「なんだ、琉球モノか」で読む前に一蹴されそうなのを恐れて、宣伝の段階で琉球色を控えめにしたのは容易に理解できる。ラストで主人公は息子とひとのいなくなった首里城を訪れる。そのくだりを読んでいるとき、城内の静けさが聞こえてくるような、映画のシーンを「見ている」ような錯覚をはっきり覚えて、かなり感動した。
というわけで、この著者に興味を持って、続いてエッセイを読むことに。そしたら個人的にはこの本のほうが面白かった。もともと私は面白いエッセイが好きなのだけど、こんな風に美しい文章で書かれた濃いエッセイは、宮本輝以来かと思ってしまう。「ルンルン」もここにはないし。少年時代、「瞑想」にふける母親に相手にされず、マネキンに母親の服を着せて世話をするくだりはかなり印象的。本物の母親よりその「寝たきり母人形」との関係が密接になって、幼稚園で母の日の似顔絵にマネキン顔を描いたりとか。そういうのが淡々と、妙な笑いを滲ませて描かれている。すげえなあ、この人、とこっちのエッセイで個人的には素直な畏敬の念を覚えました。作家としての才覚に。
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